anniversary(記念日) 1/26

きみは言う。「僕はいつまでこうして穏やかな気持ちで生きていられるんだろう」と。
春の雨、かすかに冷えた空気、間に割ってはいるストーブの、ぼんやりとした赤い光。ストーブは、一度片付けたけれどまた押入れから出した。春の雨は長い。雨の夜は冷える。
きみは猫背で、テレビの画面に見入っている。ゲーム機のコントローラーを握りしめ、瞳は輝く、けれど口はだらしなく開いている。
「何よ突然」わたしは笑う。軽く、ニラを切る包丁から目を離さずに。今日は野菜炒めと、ニラのナムルをつくる。もう他の野菜は切り終えた、玉ねぎもにんじんもキャベツも。豚肉の解凍もすんだ。
「今はきみがいて、部屋は暖かくて、やりたいこともあって、好きなこともできているけれど、」きみはテレビの画面からは目を離さない。ズガガガガ、ビューン、機械的な音が声を遮る。と、同時にきみの言葉もふっととまる。「ちょっと音、大きいんじゃないの?」包丁を持ったまま、きみの方へ声を投げる。
「もしかしたら、今日、僕は急病で死んでしまうかもしれないし、突然ライオンがこの部屋に入ってきて、きみが食べられてしまうかもしれないし、そうでなくても、眠っている間に大地震がやってきて、僕らはこのちっぽけなアパートごと、のみこまれてしまうかもしれないんだよ」きみはコントローラーから手を離し、リモコンで音量を律儀に3つ下げてから、台所へとやってくる。冷蔵庫のとびらを開き、オレンジジュースを飲む。1リットルのパックを直接口へはこぶ。
「もう、ちゃんとコップに注いで飲んでよ、そうやったらすぐなくなるんだから」包丁を置く。もう切るものはない。二人分は案外少ない。
ストーブの前でのうのうと眠っていた猫がのびをしながら「ニャー」と鳴く。


「だから僕は、今日という日をきちんと生きなければいけないと思うんだ。もし僕が今日死んでしまったとしても、今日という日が僕の人生最後の日として最高の一日だった、と思えるような一日にするために」フライパンを戸棚から取り出すわたしに後ろから抱きついて、小さく、ため息なんてついている。もう胸がいっぱいだとでも言わんばかりに。
「わかったわかった、じゃあ何かお祝いでもする?人生最後の日おめでとう、とか?」サラダ油を諦めたわたしは冗談のつもりで言った、はずだったのに、きみは素直に「うん」とこたえた。
「悔いを残さないために、僕はこれからコンビニでプリン買ってくるよ、それでお祝いしよう」何かを納得した様子で、きみはすんなりとわたしから離れ、部屋へ財布を取りに戻る。玄関でスニーカーをつっかけ、きみは部屋を出て行った。バタン、ととびらがしまる。


ただ、プリンが食べたかっただけだろうに。いつも何かしら深刻ぶっては、コンビニへお菓子を買いに行くんだから。テレビはついたまま、ピュンピュンピュンピュン、機会音は鳴り続ける。誰もいない部屋にストーブの赤い光。
やっとフライパンを火にかけ、野菜も肉も一気に入れる。ジュー、と大きな音がして、右手の甲に熱くなった水滴が飛んだ。
猫は気ままに縄張りの点検を終えると、爪とぎでガリガリボリガリ、と爪を研いだ。


そうだ、せっかくだから本当にお祝いしてやろう。
お茶碗にごはんを山盛りもってやって、ろうそくを立てて。部屋を暗くしてろうそくを灯して、おもいっきり笑顔で「おめでとう」と言ってやろう。変なところでうるさいきみは、怒るのだろうか、笑うのだろうか。
そんなところを想像すると、なんだか幸せな気分になってきて、わたしはひとり、にやにやしながらフライパンの中の、少ししんなりとした野菜の上に塩コショウをふった。